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京都地方裁判所 昭和33年(む)10号 決定 1958年2月10日

被疑者 丸山栄次郎 外二名

決  定

(被疑者三名の氏名)(略)

右の者等に対する各贈賄被疑事件につき、昭和三三年二月二日京都地方裁判所裁判官小田春雄がなした各勾留の裁判に対し、弁護人前堀政幸から刑事訴訟法第四二九条第一項第二号により、その取消の請求があつたから、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

右の者等に対する昭和三三年二月二日附各勾留の裁判はいずれもこれを取消す。

理由

一、本件請求の要旨

本件被疑者等に対する各贈賄被疑事件につき、昭和三三年二月二日京都地方裁判所裁判官小田春雄が各贈賄被疑事実につき勾留状を発付し、同日その執行がなされたが、右各勾留は別紙理由と題する書面記載のとおり違法であるから、右各勾留の裁判の取消を求めるため本件請求に及んだものである。

二、当裁判所の判断

(一)  よつて原裁判である本件被疑者等に対する右各勾留の当否を検討するに、取寄にかかる本件各被疑者等に対する入札妨害被疑事件記録、同贈賄被疑事件記録及び和田克衛及び首藤了に対する各収賄被疑事件記録によれば、本件各被疑者等は、いずれも「昭和三二年五月三一日京都府田辺土木工営所で入札執行の京都府施行にかかる同府綴喜郡井手町字井手地内玉川砂防復旧工事の競争入札に関し、公正な価格を害し且つ不正の利益を得る目的を以て同月三〇日同郡井手町大字井手小字北玉水五三番地料理旅館業株式会社八百忠及び同月三一日同郡田辺町字田辺京都建設業協会綴喜支部事務所に他の一一業者と共に集合し、右工事を一七〇万円で株式会社丸山組に落札せしめ、同会社より入札請負金額の二割六分を談合金として出損させ、之を他の指名業者に分配贈与せしめる旨談合したものである」との被疑事実(以下談合被疑事件と略称する)により、昭和三三年一月一七日逮捕状による逮捕を受け、翌一八日同被疑事実につき勾留され、次いで同月二七日右勾留期間が三日間延長された。而して右延長期間の満了日である同月三〇日、司法警察員の請求により、被疑者丸山栄次郎、同仁木作之助については、「被疑者等は他数名と共謀の上、昭和三〇年一一月六日頃、京都市下京区木屋町通松原上る料亭鮒鶴において、京都府田辺土木工営所所長首藤了に対し、京都府施行にかかる工事の指導監督検査等につき従来便宜有利な取扱を受けた謝礼並に将来も便宜な取扱を受けたき請託趣旨の下に現金三万円を贈与し、以て公務員たる右首藤の職務に関し贈賄したものである」との被疑事実により、被疑者西島進一については、「被疑者は、京都府施行の工事につき指導監督検査等の職務権限を有していた京都府宇治土木工営所長和田克衛に対し、昭和三二年五月下旬頃京都府宇治土木工営所長室において被疑者の使用人池田健治を介し、前同様の趣旨の下に現金九万二千円を贈与し、もつて右和田の職務に関し贈賄したものである」との被疑事実(以下いずれも贈賄被疑事件と略称する)により、いずれも京都地方裁判所裁判官中川臣朗が逮捕状を発付し、同日右各逮捕状が執行され、次いで昭和三三年二月二日検察官の請求により、右各被疑事実につき同地方裁判所裁判官小田春雄が勾留状を発付し、同日右各勾留状が執行された事実を認めることができる。

(二)  而して本件被疑者等に対する右各贈賄被疑事件についての司法警察員作成の逮捕状請求書によれば、同請求書にはいずれも刑事訴訟規則第一四二条第一項第八号に規定する「現に捜査中である他の犯罪事実(本件については前記談合被疑事件)についてその被疑者に対し前に逮捕状の請求又はその発付があつたときは(本件においては談合被疑事件につき前に逮捕状の発付があつたこと)その旨及びその犯罪事実」の記載がなされていなかつたことが明らかである。ところでこのような記載要件の欠缺した請求書に基き発付された逮捕状の効力については、かかる手続上の形式的な瑕疵のみの理由によつてこれを論ずることは相当でなく、進んで現に捜査中である他の犯罪事実(本件においては前記談合被疑事件)につき逮捕、勾留した当時の事情及びその後の捜査状況、その他諸般の状況を考察して、かかる手続的瑕疵を実質的に評価した上判断すべきものと考える。

(三)  よつて本件につき各被疑者の前記談合被疑事件についての逮捕、勾留及びその後の捜査状況を検討するに、右逮捕当時に既に捜査機関が被疑者等の贈賄被疑事実の存在を知つていたと認めるべき証拠はない。従つて本件は、当初から談合と贈賄の双方の被疑事実が判明していたのに拘らず、談合被疑事実のみを選んで逮捕、勾留し、談合被疑事件の勾留期間の満了を待つて贈賄被疑事件の逮捕、勾留をなしたものと見ることはできない。

(四)  しかしながら、前記談合被疑事件の勾留後における取調状況を見るに、談合被疑事件に関しては、勾留請求後一〇日間の期間内には同年一月二〇日に被疑者丸山栄次郎の使用人である秋山治の検察官調書及び同月二四日に、談合被疑事件の共犯者である木村延次郎の検察官調書各一通が作成されたのみであり、次いで同月二七日に右勾留期間が三日間延長された後においても、同月二九日附の被疑者丸山栄次郎の検察官調書及び右延長期間の最終日である同月三〇日附の被疑者西島進一、同仁木作之助の検察官調書各一通が存在するのみである。特に右談合被疑事件にあつてはその性質上、当該工事の施行者側の取調等、被疑者の自供に対する裏附捜査が必要不可欠であり、現に検察官もこれを前記勾留期間延長請求の理由として記載しているにも拘らず、勾留期間中一度もかかる参考人を取調べてその調書を作成した形跡はない。他方右勾留期間中における本件被疑者等に対する贈賄被疑事件についての取調状況を見るに、被疑者等が談合被疑事件で勾留された日の二日後である同年一月二〇日に既に被疑者丸山栄次郎、同仁木作之助の検察官に対する贈賄の自供調書各一通が作成されており、次いで翌二一日には被疑者丸山栄次郎、同西島進一の検察官調書各一通が、同月二三日には三度被疑者丸山栄次郎の検察官調書一通が各々作成せられており、更に同月二八日には被疑者西島進一の贈賄被疑事実に関する参考人として池田健治の司法警察員調書が作成されている事実を認めることができる。

(五)  もつとも、本件各被疑者の取調を担当した四名の検察官から提出された一月二八日付各捜査報告書には各被疑者を夫々数回に亘り取調べた日附が詳細に記載されており、且つその中の一通には談合被疑事件の取調をなしたことを窺うに足りる記載も見られるのであるが、その他の報告書にはかかる記載がなく、従つて右報告書をもつてしては未だ各被疑者を談合被疑事件で取調べたのか或は贈賄被疑事件で取調べたのか、いずれであるか判明し難く、他にこれを明確にする資料もないので結局、右両被疑事件に関する各被疑者調書の数及びその作成時期、及び前述の如く談合事件についての施行者側の参考人調書の皆無であること等の事情から判断して右各報告書に記載された各取調期日中の相当程度の日数が贈賄被疑事件の取調に費消されたものと推認せざるを得ないのである。

(六)  そこで右贈賄被疑事件に対応する収賄者側に対する捜査状況を見るに、首藤了及び和田克衛は同月二一日司法警察員より前記各贈賄被疑事実に夫々対応する各収贈賄被疑事実によつて逮捕状の請求がなされ、同日逮捕状の発付があり、爾後勾留を経て捜査が進められているのであるが、右逮捕状請求の際の疏明資料としては専ら本件被疑者等の検察官に対する前記各贈賄自供調書が使用されていることが認められる。

(七)  以上詳細に亘り検討した諸点を綜合して判断すれば、遅くとも本件被疑者の談合被疑事件の勾留中である同年一月二〇日以降に於ては、その捜査の重点は談合被疑事件よりも寧ろ贈賄被疑事件に置き換えられているものと云わざるを得ない。一般に被疑者の勾留中に勾留の基礎となつた被疑事実以外の別個の犯罪事実を取調べることは差支えない。むしろそれによつて一回の勾留期間中に当該被疑者の総ての犯罪事実につき捜査を完了することとなり被疑者の有利になる場合も考えられるのである。しかしながらそれはあくまで勾留の基礎となつた事実の取調を主としてなし、それに併行、付随してなす場合にのみ許さるべきものである。このような場合に本罪の捜査未了のために必要最少限度の期間、勾留期間を延長することも許さるべく、この意味において談合被疑事件の勾留期間の三日間の延長も是認さるべきものである。

(八)  従つて検察官としてなお被疑者の勾留を継続する必要があるとすれば、前回の勾留期間中に本罪である談合被疑事件の捜査に主力を注ぎ、右勾留期間満了後贈賄被疑事件につき逮捕状を請求するか、或は前述した如く同年一月二一日収賄被疑者首藤了、同和田克衛の逮捕状請求の際の疏明資料には本件被疑者等の前記検察官調書が使用されているのであるから、右二一日又はこれに近接する爾後の日時において、本件被疑者等に対しても贈賄被疑事実について逮捕状を請求することも可能であり、その発付を待つて一旦釈放した上、爾後右贈賄被疑事実で逮捕勾留を継続し、それでなお日数が不足であれば右勾留期間の延長を請求することもできるのである。

(九)  以上詳述したところよりすれば、本件被疑者等に対する贈賄被疑事実に基く逮捕状の請求を容れてこれを発付するか又は却下するかの判断には相当慎重な考慮を要するものといわなければならない。この様な微妙且つ重大な場合に刑事訴訟規則第一四二条第一項第八号所定の他の犯罪事実につき前に逮捕状が発付されたことがある旨の記載を脱落したことは、裁判官の逮捕状発付についての判断を誤らしめる虞れのある重大な手続上の瑕疵であると言わねばならない。なんとなれば、若しこの様な場合、かかる事項が記載されていたならば請求を受けた裁判官としては当然前回の逮捕、勾留の際の事情及びその期間中の捜査状況等を明らかにすべき全疏明資料の提供を求め、これを仔細に検討した上、なお逮捕状を発付すべきか否かを決定するのである。このことこそが刑事訴訟規則の右規定の狙いとするところであり、延いては被疑者の人権を保障しようとした刑事訴訟法の精神に適う所以なのである。結局右規定に違反してなされた逮捕状の請求も、当該事案の諸状況に照らし、右記載要件の欠缺にも拘らず爾後の判断により、なお当然に逮捕状の発付が是認されるような場合には、重大な瑕疵ありと言うことはできないが、本件の如く逮捕状を発付すべきか、却下すべきかにつき相当疑問があり、当然には発付を是認されないような場合には、かかる事項を記載せず従つてこれに見合う疏明資料をも提出せずしてなされた請求は重大な瑕疵があるものというべく、かかる瑕疵ある請求に基き発付された逮捕状も亦瑕疵ある逮捕状であると言うほかはない。換言すればかかる逮捕状は、一部の疏明資料しか提出されなかつたため、裁判官の真の判断を経ずに発付された逮捕状と何ら選ぶところがないのである。従つて本件勾留はかかる重大な瑕疵ある逮捕状を前提としてなされた勾留である。加うるに本件においてはかかる前提手続の瑕疵のみならず、本件勾留請求に際しても検察官から前回の勾留中における前述の如き事情についての疏明資料が提出されたものとは認められず、従つて本件勾留裁判官としてはこの点に関する審査、換言すれば本件勾留の相当性に関する十分な判断をなし得なかつたものと推認される。以上二点を合せて考慮するならば、本件各勾留は結局瑕疵ある勾留という外はなく、従つていずれも之を取消すのを相当と認める。

(一〇)  而して被疑者西島進一は、右勾留期間中である同年二月七日検察官の釈放指揮によつて釈放せられたのであるが、本件請求は刑事訴訟法第八七条の所謂勾留取消の申立ではなく、又起訴前において検察官が被疑者の勾留を継続する必要がないと認めて釈放した場合と雖も、勾留の裁判である勾留状の効力は勾留期間の満了に至るまでなお存続しているのであるから被疑者西島進一に対してなされた勾留も取消を宣言すべき必要があるものと考える。

(一一)  以上の次第であるから、本件各被疑者に対してなされた昭和三三年二月二日附各勾留の裁判はいずれもこれを取消すこととし、主文のとおり決定する。

(別紙)(略)

(裁判官 石原武夫 木本繁 立川共生)

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